東京家庭裁判所 昭和42年(家)2779号 審判 1967年8月10日
申立人 神田和幸(仮名)
法定代理人親権者父 安部昭男(仮名)
主文
申立人の氏「神田」を父の氏「安部」に変更することを許可する。
理由
(本件申立の要旨)
申立人は、主文同旨の審判を求め、その理由の要旨は、「申立人は昭和四一年七月三〇日父安部昭男と母神田章子との間に出生した婚外子であつて、同年一一月二八日父昭男により認知され、且つ、父母両名の協議に基づきその親権者を父昭男と定めたものであるが、申立人は現在父と同居しているので、民法第七九一条に従い、父の氏を称したく本申立に及んだ。」というにある。
(認定事実の概要)
本件記録添付の戸籍謄本並びに申立人法定代理人親権者父安部昭男、参考人神田章子、同安部美津子に対する各審問の結果及び当庁昭和三八年(家イ)第二八四二号夫婦関係調整調停事件記録を総合すると、(一)、申立人は昭和四一年七月三〇日安部昭男及び神田章子間の子として出生し、同年一一月二八日父昭男から認知され、更に、父母の協議によつて親権者を父と定め、その旨の届出がなされたこと、(二)、父昭男は現在章子と同棲し、申立人は両名の手許で養育を受けていること、(三)、尤も、父昭男には昭和二四年七月一四日婚姻した本妻美津子があり、同女との間に一男一女の嫡出子があつて都内世田谷区○○町に別居していること、(四)、申立人の父と本妻美津子とは、昭和三八年五月頃から不和を来たし、昭男は同年七月二二日美津子との調停離婚を求め、当庁昭和三八年(家イ)第二八四二号夫婦関係調整事件として係属、一〇数回に亘つて調停が試みられたが、美津子が終始離婚に応じない意向を表明し、なお、昭男の所在が不明に帰したため、昭和三九年一一月一三日「調停をしない」との結末に終つたこと、(五)、美津子は、本件申立につきその意見を打診された際、一日も速く、正常な婚姻生活に復元したい希望を述べると同時に、申立人が同一戸籍に入籍せられることに強い異議を唱え、その理由として、専ら神田章子に対する憎悪感を挙げていることがそれぞれ認定・窺知できる。
(本件の問題点に関する当裁判所の判断)
(A) 本事案の如く、本妻が改氏に異議を差挾んでいる場合、その反対意思を如何に顧慮すべきかについては見解の対立するところで、本妻の異存をその儘にして直ちに改氏を許可するのは婚姻中の夫婦間の葛藤を一層助長強化し、家庭の平和と健全性とを損ねることを論拠とする消極説も実務上相当有力である。
(B) 当裁判所も、家事審判法上、民法第七九一条の規定による「子の氏の変更についての許可」が家事審判事項とされている立法者意思にかんがみると、その許否を決するに当り、法律上の親子関係の存否及び同条第二項の要件に関する審査権限を有するのみで、それ以上の裁量的判断権を持たないとの見解には左袒できない。
しかし、消極説の発想には、婚外子と家籍が同一となることに対する本妻の感情的抵抗感についての配慮が根強く伏在している点を否み難いと思われる。ところで、かかる本妻の感情的=心理的反撥を根拠に、婚外子が将来感得するであろう戸籍記載上の疎外感を犠牲にしてもよいのであろうか。
(C) 「家」制度的な理念如何を云々するまでもなく、本妻が夫の認知した婚外子の同籍にた易く馴染めないのは無理からぬところであり、且つ、嫡出子の利益感情をいたく刺戟する懸念も亦大きいと推測される上、本来の家庭平和に破乱を呼ぶ危惧の強いことや、婚姻中の夫婦間の悶着を助長する事態の招来を濃化するであろうことは理解に難くない。
さりとて、これ等のトラブルは、そもそも、夫婦間調整の問題として別途に処理さるべきもので、罪なき婚外子本人を犠牲者の座に置いて改氏不許可の理由とするのは異筋といわざるを得ない。いわんや、現行法下、戸籍の異同によつて、実体的な権利義務に及ぼす影響が皆無に等しいこと(祭祀承継乃至遺贈の問題があるといつても、勘案度は頗る僅かと評価して差支えない。)と睨み合わせれば、消極説は、実質において、因習的国民感情に対する順応にかたよる憾みが強いものと解するのを相当とする。
(むすび)
叙上の理由により、当裁判所は、本件申立を認容し、主文の通り審判する。
(家事審判官 角谷三千夫)